火のチカラ。

屋久島では先日、台風18号の日を含め、一週間のうちに続けて2回停電がありました。二日とも昼間の停電だったので、蝋燭が必要なほどではありませんでしたが、今回は大型の台風に備え、蝋燭を用意した人も多かったのではないでしょうか。

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我が家では、普段から毎晩蝋燭に火を灯しています。
どうして毎晩蝋燭に火を灯すのか?
家には電気もあり、灯りには困っていません。
けれど、電気の灯りと本物の火は、当たり前ですが全く発するものが違って、「明るさ」ではなく、直接の火からしか伝わらない何かを心の奥底が求めるのでしょう。
引き出しには、蜜蝋の蝋燭、ハゼの実からできた和蝋燭、そして、一般的なパラフィンの蝋燭などが入っています。
蝋燭の原料の種類によって、炎の雰囲気は明らかに違います。
炎だけでなく、空間全体までその雰囲気は行き渡り、香りもそれぞれに違います。(写真は蜜蝋の蝋燭)
その雰囲気とは言語化できるものではなく、直接に感じる微妙な感覚です。
原料の性質が違えば、それを燃やした場合の炎の性質も違うでしょう。

たとえば蜜蝋は、ミツバチや花の働きによって作られるので、ミツバチや花から受けるなにがしかの感じが炎にも再現されます。
しいては、ミツバチや花を生かすもの、空気や水や土や太陽の光などのこの地球全体、宇宙全体の環境まで思いを馳せると、すべては同じものでできていて、それが姿を変えて巡っている、という壮大な所に行き着きます。
蝋燭の灯りや焚き火には、きっと誰もがなにかしら心ときめくものがあるのではないでしょうか。
それは、この世界を形作っているもののプロセスや巡り、つながりを、心のどこか深いところで思い出させてくれるからなのかもしれません。

2001年に亡くなられた屋久島の詩人、山尾三省さんの有名な作品『火を焚きなさい』は、私が屋久島に移住するよりずっと前から大好きな詩でした。
屋久島に越して来て、以前よりももっと火に魅かれている自分を、そして三省さんの詩が以前にも増して心深くまで染み込んで行く自分を、いま発見しています。

ほかにも、山尾三省さんの詩が日本語と英語で読めます。是非ご覧下さい。↓
http://happano.org/pages/sansei_yamao/sansei_yamao_index.html" target="_blank



焚き火シーズンですね。
落ち葉を集めてお芋でもやきましょう。
by office-manatsu | 2009-10-11 16:18 | 旧スタッフ
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