「祝い申そう」がありました。

毎年、私の住んでいる集落、平内では1月7日には「鬼火たき」と「祝い申そう」が
行われます。まず、午前中に鬼火たき。木や竹を取ってきて支えを作り、
その中にお正月のお飾りや門松、鏡餅を入れたり
先には鬼の絵を描いた紙を吊り下げ、火を付けます。
そして、鬼を退治する意味で、皆で石などを投げてその紙の鬼を打ち落とします。
私は今回は鬼火たきには参加できなかったのですが、
去年見た時、その炎の勢いに圧倒された覚えがあります。

そして午後から祝い申そう。小中高校生と青年団、大人たちが
集まり、東と西に分かれて歌を唄って各家を回ります。歌を唄った後は
その家の人が御神酒やお菓子、お刺身などを振る舞ってくれ、それを頂きます。

 いつもよい今年はめでたい年よ
 大家の門松見渡せみれば
 東の方の枝には白金黄金がさーすと
 西の方の枝にはとないとして祝いとせ
 大家のおくを見渡せみれば
 白金の弓に黄金の矢をばしといてあらば
 悪魔もいらず
 (さてはめでたいことはない 先祖役でソイヨ)
 万代役で祝うてやおんで ヒョー

去年、初めて参加した時は「な、な、なんて・・??」と
何て言っているのか全くわからなかったのですが、
今年はなんとなく覚えていたみたいで、数回聞いてからは
一緒に唄うことが出来ました。でも、帰ってから『屋久町郷土誌』で
見てみると・・・・「違うこと言ってたな・・」と。
ちなみに、上記した歌詞の最後の「さてはめでたいことはない 先祖役でソイヨ」は
郷土誌には載っていたけれど、実際には唄っていなかった箇所です。

小学生の低学年では、まだよくわからず唄えてないようでしたが、
高学年にもなると、唄えていました。歌詞を渡されて練習するでもなく、
周りが唄っているのを聞いて少しずつ口ずさんでいくようです。
年に一度のことだけど毎年参加していると、自然と体が覚えてくるのかもしれません。
そして、そうやって歌い継がれていくのだろうと思います。

c0061008_1722139.jpg家から家へ移動するのには、軽トラの荷台に乗って冷たい風に当たりながらでしたが、各家で待ってくれている人たちや、嬉しそうに歌を聴いてくれるおばあちゃんの笑顔を見るとそんな寒さは吹っ飛ぶようでした。そして、たとえ「もう食べれない!」と満腹でも、「食べんね食べんねー」と差し出されると、頂かないわけにはいかないのでした。

ちりも積もれば山となる。
お菓子もお酒も山となり、それを分け合う気分は子ども達と同様
私もわくわくしてしまい、お腹いっぱい、楽しい半日でした。

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by office-manatsu | 2006-01-08 17:26 | 旧スタッフ
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