2005年 12月 15日 ( 1 )

ヤクスギの生について

ヤクスギは1000年かかって生き、
     1000年かかって死んでいくんだ。

森の時間に想いを寄せる。それは、自分が生きている時間以外の
空間に想いを馳せること。

ツアー中に土埋木のところで、江戸時代に切られた切り株が今でも朽ちずに残っているのですと説明していると、
「ヤクスギは1000年かかって生き、1000年かかって死んでいくんだなあー。生きた分だけ、死ぬのに時間がかかるんだなあ。すごいなあ。」と言われた方がいらっしゃいました。

あ、いい言葉だとはっとした事を今でも覚えています。

縄文杉ルートのところに、3代杉という杉があって、
1代目の倒木はなんと約1500年前に倒れた杉なんです。
その1500年前に倒れた杉の輪郭がまだ残っている。
切られてしまったら杉の命は実質的に終わりなのです。

だけど、1500年前に死んだ杉の輪郭が21世紀の今、
私たちの目でみて、かつ触れることができるという確実な手応えがある。
物質は、まだそこに存在しているのです。
だから、もしかしたらまだ「生きている」ともいえるのかもしれない。

あと何年、何百年かかってようやく朽ちて土に戻っていくその倒木は、もしくは
死んでいる途中なのでしょうか。

1500年前に力つきた杉は、1500歳くらいだろうと言われていて、
ということは3000年前に発芽したということになる。
大体人類の歴史が文明を謳歌し始めた頃。
メソポタミアとか、インダス文明とか、そんな頃に屋久島の森では、
小さな命が誕生して、今も私たちの目に留まる形を残している。

ヤクスギの生きる壮大な時間の流れ。
それはもはや空間ともよべる時間。

人はその時間を何代も受け継いで今の「私」や「あなた」があるのだけれど、
3代杉の倒木は、1代で3000年。
ひとつの生命が生き続ける時間の、長さを思って「ふぅーっ」とため息がでた。

ヤクスギだけではなく森は、そうやって長い時間をかけて創られているのです。
はるか彼方の昔から、今の今まで。きっと私という命が次の世代へ受け継がれていったときでも、その倒木はあそこに、きっとあるんだろうな。

そんなことを師走の今、振り返ってみていた今日のひろこでした。
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*写真は生きているヤクスギです。3代杉とは違います。
by office-manatsu | 2005-12-15 16:35